犬を安楽死してきた。

ペット

5月14日。
犬を安楽死してきた。

本当にどうしようもない犬だった。

食い意地が張ってるやつで、人間がご飯を食べていると、必ず足元に来て食べこぼしがないか待ってる。

それだけじゃなく、散歩に行けば土を食べちゃうし、子どもが遊んだ粘土やクレヨンまで食べてしまう。

届くところにあるものは何でも口に入れるから、床に物を置いとけないし、念入りに掃除しないといけない。

「ちょっと出かけるだけだから置いとこっ!」

なんて感じで、机の上に食べかけのお菓子を置いて買い物に行くこともできないのだ。

他にも、わざわざ近くに来て「プーッ」とオナラをしたかと思ったら、

「え!? 今お前オナラしたよな??! マジかよ〜!!?」

って顔して、オナラの犯人を擦り付けようとしてくるし。

庭に植えたイチゴだって、おいしそうな真っ赤なイチゴだけを狙って食べ尽くしちゃうから、人間が食べたことなかったな。

散歩に行けば、途中で歩かなくなる。

地面の側溝のあみあみ(名前なんて言うんだろ?)を見ないで歩くから、ズボッと足がハマって動けなくなるし。

川遊びをすれば、躊躇なく入って流される。

手がかかる、大変な犬だった。

出会いは12年前

私は動物の専門学校生で、トリミング犬として初めて出会った犬だった。

怖いのか震えていて、車酔いでゲロをしていてとっても汚れていた。

体はゲロまみれ、クレートもゲロまみれ。

シャンプーもクレートの掃除も大変だった。

でも、それ以上に可愛くて可愛くて…!

守ってあげたくて、抱っこをすると寝そうになって、とにかく可愛かった。

頻繁にトリミング犬として連れて来られていて、私が担当じゃないときは、その担当の人に嫉妬したほど。

私の推し犬だった。

無事に私は卒業し、新生活にも慣れてきた頃。

里親募集しているのを発見した。

即引き取って、一緒に暮らせるようになった。

そこから私は結婚、出産……と環境がどんどん変わっていったけど、

私の人生の節目には、必ずそばにいてくれた。

子どもに嫉妬して噛んだりするかな?って心配だったけど、絶対に噛まない。

シールを貼られてもそのまま寝てるし、良い遊び相手になってくれていた。

そんな相棒が「がん」になった。

元気がなくて、軽い気持ちで病院に連れていっただけだったんだけど、

先生が「すぐ検査しよう」と。

重度の貧血で、脾臓がパンパンになっていると。

「脾臓の血管肉腫だと思う。いわゆるガンです」って。

色々言ってた気がするけど、何て言ってたか覚えてない。

だって、毎月爪切りとサプリ(腰が悪くて常備薬)をもらいに受診して、体調もチェックしてもらってたし。

先生の診断ミスだと思ってた。

確かに元気はないけど、変わらず食欲はあったしね。

そうは言っても、一応方向性を家族で話し合う必要があった。

診断ミスかもしれないけど、念のためね。

手術をするのか。
このまま様子を見て、看取るのか。

手術は、貧血があるから輸血が必要で、貧血が治らないとできない。

近くの病院ではできるところがないから、高速で1時間半。

手術をする前に、入院中の狭い部屋の中で死んでしまうかもしれない。

運良く手術ができても、手術中に死んでしまうかもしれない。

仮に手術が成功しても、半年もつかどうかって。

みんな、みんな泣いてたけど。

いつも通りの食欲があったから、そんな重い病気ではないとまだ信じてた。

たくさん話し合って、最期まで一緒にいることにした。

大丈夫って信じてたから。

ご飯を食べるときに飲み込みづらそうで、むせることも増えたけど、14歳のおじいちゃんだったから。

ガンじゃなくて、もうシニアだから仕方ないって思ってた。

でも、違った。

本人は、生きることを諦めていなかった

食欲はありそうなのに、ご飯を食べられなくなった。

病院へ行って、検査をした。

前回よりも悪化してた。

やっぱりな。

やっぱり、ガンなのか。

ここで、手術はせず家で一緒にいたいことを伝え、「安楽死という選択肢もありますよ」と説明を受けた。

とりあえず答えはすぐに出せないので、痛みが楽になるようにと注射を打ってもらった。

家に帰ると、病院に行って疲れてそうな顔をしてたんだけど、ご飯のお皿の匂いをかぐから、ご飯をあげてみた。

がっついて食べるではないか!!!!

勝手に悲観してたけど、本人は全く生きることを諦めていなかったのだ。

お腹がいっぱいになったら寝る。

食欲。
睡眠。

生きるために頑張っているんだ。

「血管肉腫 自然治癒」
「血管肉腫 治る」
「脾臓ガン 良くなる」

って、良いキーワードで検索しても、

手術をしないと亡くなる。
脾臓破裂。
予後不良……。

嫌な情報しか出てこなかった。

それでも、目の前の生命力にかけて、奇跡を信じた。

前例になってやると誓った。

奇跡は、起きなかった

けれど。

奇跡は、奇跡で。

私たちのところには起きてくれなかった。

注射の効果があった10日間くらい。

前のようにご飯を食べて、美味しいおやつもあげて。

いつものようにハグをして。

以前のように戻った、ボーナスタイムだった。

効果が切れてきた頃。

ご飯を食べられなくなった。

最期ということで、人間のプリンや肉、パンなどをあげてたけど、最後の最後まで少しは食べてくれてた。

体が辛くて横になれなくなり、眠くても眠れない。

お座りしたまま首がカクッとなって、起きてしまう。

その繰り返しになった。

歯茎も耳の粘膜も、貧血の影響で真っ白。

歩く元気はあったけど、フラフラになりながら、やっとの状態で歩いていた。

DICを起こして、血尿も出ていて。

体は限界になっていた。

生かすのも、殺すのも人間のエゴではないのか?

その間、何度も何度も家族会議をして、安楽死について話し合った。

もちろん、殺したくないし、ずっと一緒にいたい。

でも、良くなることはなく、悪化するしかない状況で。

このまま生かせていいのかなんて分からない。

想像を絶するほどの痛みを抱えてる中で、

「一緒にいたいから」

という理由で、苦しみを長引かせているだけではないのか。

生かすのも、殺すのも人間のエゴだ。

答えはなかなか出ないし、出したくなかった。

それでも、答えを出すしかなかった。

私たちは、痛み・苦しみから解放することに決めた。

それぞれ学校や仕事、生活をする上で、留守番をさせている一人のときに逝かせるのは嫌だったから。

最期まで一緒にいたかったから。

そうと決めてからは、声を出して泣いた。

祖母や祖父が亡くなったとき以上に、悲しくて辛かった。

以前飼っていた犬を老衰や病死で見送ったときよりも、命の重みがのしかかってきて、重たく辛かった。

安楽死の日

安楽死の当日。

何度も何度も、この選択で良いのか考えた。

安楽死の書類にサインするのも嫌で、逃げ出したかった。

「辞めるなら今ですよ」

と先生が言ってくれて、

「辞めたいです!」

の6文字が言葉にできなかった。

頭ではずっと言っているのに。

頭では「辞めます」って言ってるのに、

口に出したのは、

「お願いします」

だった。

嫌で、嫌で、嫌で、嫌で。

人生にこんなに辛いことがあるって知らなくて。

逃げ出したかったんだけど、

最期まで看取ると約束したから、逃げなかった。

目の前で、苦しむことなく亡くなった。

痛みからも、苦しみからも解放されて。

一緒にお家に帰ってきた。

ずっと一緒に家で引きこもってたから、久しぶりに外の空気を吸った。

空はこんなに青かったのか……と見上げた先に、虹がかかっていた。

雨なんて何日も降ってなかったはずで、

雲も少ない青空に、虹があった。

きっと、虹の橋を渡って天国に向かっているのを教えてくれたんだよね。

どうしようもないくらい、大切な犬

食い意地が張ってたおかげで、薬を飲ませるのに苦労したことはない。

フラフラの状態なのに、頑張って歩いて、トイレをきちんと成功させてた。

散歩で疲れて歩かなくなるから、子どもが散歩するのにちょうど良い速度だった。

とにかく優しい良い子だから、最後の最後、辛い状態になっても噛まれたことは一度もなかった。

本当にどうしようもないくらい、

愛しくて、

大好きで、

大切な相棒だ。

昔も今も、これからも

ずっとずっと愛しているよ。

ありがとう。

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